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2026-08-02 MAZDA ALL HOKKAIDO FAN FESTA 2026 IN 十勝スピードウェイ

~MAZDA オール北海道ファンフェスタ2026 in 十勝スピードウェイ~ 2026年8月2日 十勝スピードウェイ(フルコース 5.1km) 協賛 : 北海道マツダ販売株式会社 MAZDA車の魅力を存分に楽しんだ一日!!![]()
~魅力的なMAZDA車をより知ってもらうため!~ マツダ車ユーザーへの感謝イベントである「MAZDA ファンフェスタ」、本州各地ではこれまでも開催されてきましたが、昨年から北海道でも開催されることとなり、今回が2回目となります。道内ではマツダ系最有力ディーラーである北海道マツダが協賛団体となり、レースイベントばかりではなく、夏の一日、家族そろって楽しめるイベントになったのです。
767B今年も走りました。
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はたらくくるま大集合
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泣かせ歌の女王 半崎美子さんのLIVEもやりました!! 半﨑美子コンサートツアー2026〜地球へ〜 全国ツアー開催中 https://www.hanzakiyoshiko.com/news/detail/871 国内自動車メーカーは各社ともに以前からファンサービスの一環としてユーザー感謝イベントを開催してきました。トヨタは「TOYOTA GAZOO Racing FESTIVAL」を開催し、ホンダもレースシーズン終了の12月に「Handa Racing Season Finale」があります。レース活動に特化した「NISMO FESTIVAL」。 もちろんMAZDAも26年前から「MAZDAファンフェスタ」を開催していますが、そのどのメーカーも残念なことに北海道では開催していなかったのです。 それがとうとうMAZDAが腰を上げてくれ、昨年ようやく「ファンフェスタ」を実現してくれました。北海道にも多数のMAZDAファンが存在するし、世界唯一のロータリーエンジンに愛着を持ち、いまだに乗り続けているユーザーも多いのです。 このイベント、そんなMAZDAファンへの最上のプレゼントとなったに違いないでしょう。
ただ昨年、大問題となったのはサーキット周辺道路の大渋滞でした。夏休みに入った週末、家族連れで出掛けようというファミリーも多かったようで、そこにマツダ系ディーラーから案内があったのがこの「「MAZDA ALL HOKKAIDO FAN FESTA」だったのですから、「よし、一度サーキットに行ってみよう。ルマン参戦マシンも見られるようだから、これは楽しみ!!」と思ったのでしょう。 なにしろ入場まで1時間以上も並ぶことになったのですから。そこで今年は一般入場者のために普段は使われないメインゲートをオープンしたのです。 この判断は的を得ていたようで、入場はスムーズで、出展者やディーラー関係者、運営スタッフの入場もまったく問題なかったのです。
パドックエリアも広く使え、多数の入場者の皆さんは普段は足を向けないサーキットと、MAZDAレーシングマシン、そして誰でも参加できるレースイベントを存分に楽しめたのです。 ~MAZDA独自の車両制作テクノロジー!!~ これはあまり知られていないようですが、MAZDAの前身である東洋工業は広島のコルク製造業でした。 そう、あのビンの栓をするコルクです。先代の会社が経営不振となり広島の銀行が主導し、財界人が参画して1920年に生まれたのです。 しかし実質的な初代社長である松田重次郎は単なるコルク製造から脱却して機械製造業への進出を狙っていたのです。 それには広島という地域事情が幸いしました。広島は呉など帝国海軍の本拠地だったのです。 東洋工業はその軍からの兵器や機械の発注を受けることが出来たのです。松田重次郎はそれにより蓄えた技術を使い、1931年にオート三輪の製造に着手します。 それが大当たりしてオート三輪市場の25%を占めるほどになるのです。これが東洋工業が自動車産業に参入するきっかけとなったのでした。 戦後もオート三輪の大メーカーとなり、軽自動車にも参入します。マツダR360や軽自動車初の4気筒エンジンを搭載したキャロルなどが大ヒットするのです。 とはいえオート三輪と軽自動車が主力ですから決して経営基盤は盤石ではなく、次第に業績は悪化していったのです。 しかし東洋工業はそれを逆手に取ったのです。トヨタや日産、ホンダのような大メーカーではないからこそ小回りが効いたのです。 だからこそ世界初のロータリーエンジン市販車を発売したり、ロードスターのような小型スポーツカーで新たな市場を開拓したり、既存の技術をさらに磨き上げることでスカイアクティブ・テクノロジーを開発したりできたのでしょう。 特に東洋工業独自の技術として挙げなければならないのがロータリーエンジンでしょう。 ロータリーエンジンは1957年、西ドイツのNSUとヴァンケル社が開発したと言われていますが、それは理論上のことでほとんど商品性を持たない代物だったのです。 そのライセンスを取得して開発に乗り出したのが東洋工業(現在のMAZDA)でした。海のものとも山のもの分からないロータリーエンジン理論を悪戦苦闘の末、とうとう製品化に成功するわけで、東洋工業こそがロータリーエンジンの“生みの親”なのです。 そのロータリーエンジンの象徴的存在が昨年に続き今年も十勝に登場してくれたマツダ767Bでしょう。
あの世界最高の耐久レースであるルマン24時間に日本車初の優勝を果たした787の一世代前のマシン。 しかしなにしろ40年も前に制作されたマシンであり、走らせるのも一筋縄ではいきませんでした。 走り出したのですが、2周ほどでオイル漏れを起こしてストップ。午後からの走行では全開とはいかないまでも、メインストレートではレシプロなら12気筒エンジンのようなハイトーンのエキゾーストノートを聞かせてくれました。 この走行に立ち会えたギャラリー、その一瞬だけでも最高の目と耳の保養になったに違いありません。 ~MAZDAは全国転戦のワンメイクレースも開催中!~
実はMAZDA、モータースポーツにはほとんど興味を示さないメーカーでした。 日本初の本格的レースとして開催された1963年の日本グランプリにもメーカー参加はなく、その後もトヨタ、日産の他、ダイハツや日野自動車までがスポーツプロトタイプマシンを登場させたのにMAZDAはそれには参入しませんでした。 その状況が変化したのはやはりロータリーエンジンでした。 まずファミリアロータリークーペがツーリングカーレースに参入し、さらにサバンナRX-3が宿敵であるスカイラインGT-Rを打ち負かした頃から最高潮となり、ワークスの他にマツダ東京や神戸の木の実レーシングなどサテライトチームが大活躍するのです。 しかしロータリーエンジンの製造が終了した時点で、そのレース志向も消えてしまったのです。 ただMAZDAにはオープントップカーとしては世界最大の販売台数とギネスにも登録されたロードスターという軽量スポーツカーがありました。 トヨタが多大な努力の末に道筋を作ってくれたナンバー付車両によるレースにMAZDAはそのロードスターでレース開催を始めたのです。それがJAFツーリングカー選手権のタイトルも掛けられた「ロードスター・パーティレースⅢ」なのです。 十勝でも以前から開催されていますが、北海道から九州まで全国の主要サーキット8ヶ所を転戦するシリーズ戦であり、今回がシリーズ第6戦となります。 ピットガレージには見慣れない全国各地のナンバープレートを付けた現行型ND5のNR-Aタイプ17台がずらりと並び、普段のクラブマンカップとはちょっと違った雰囲気なのです。 またこのレース、「競い合いを心から楽しむ大人たちのピュアスポーツ」がテーマであり完全なイコールコンディションが守られ、レース中の接触やクラッシュは理由が何であれ許されず、ポイントは与えられない可能性まであるのです。 予選アタック、まずターゲットタイムとなる2分37秒台をマークしたのは東京から参戦の#16上田純司選手。
予選終了4分前となったところでトップに立ったのは千葉の#152瀬川彰斗選手、#16上田選手をコンマ4秒近く上回るタイムを叩き出してポールを獲得します。 最後のアタックに賭けていたのは神奈川の#128普勝峻選手でチェッカー直前に2番手に浮上してきます。
北海道勢の#57浅井康児選手、コース状況をしっかりと確認して予選開始から10分後にコースインしますが2分37秒台にはわずかに届かず4番手どまり、決勝に期待したいところです。 そして決勝、他のコースではグリッドスタートもあるようですが、ここ十勝ではスピリントレースでは珍しいローリングスタートとなっています。 1周のペースカーランのあと、グリーンランプが点灯しスタート。その直後、上位陣は一斉にクルマの進路をイン側に振っていきます。 後続の追撃を断つ作戦なのでしょうが、相当の混戦で接触がなかったのが不思議なくらいでした。 とにかく接触があればペナルティがありますから、全車とも自重したのでしょう。 トップ争いは#152瀬川選手と#128普勝選手の超接近戦で、7周目に入るところで#128普勝選手がトップに出ますが、すぐさま#152瀬川選手が逆転。 そこに昨年のウイナーである#157橋本隼選手も加わり三つ巴のバトルとなるのですが、#152瀬川選手がわずかにリードを広げてトップチェッカー。「今シーズンから参戦していますが、なかなか勝てず、ようやくここで初勝利を挙げることが出来ました。この一戦に賭けていましたから、今までと走り方を変えてみたんですが、それが当たりました!!」と喜びを語ってくれました。
北海道マツダ 横井社長と半崎美子さんにプレゼンテーターをしていただきました。 このレース、全国転戦のNDシリーズと、純粋にレースを楽しみたいと単発出走のクラブマンと2クラスに分かれているのですが、その6台出走のクラブマンには道内勢が4台と多数参加、ウイナーには札幌の#274石坂俊介選手が輝きました。「自動車教習所のインストラクターをやっているんですが、3年前から出場し始めてなんとか今回は勝てました。これで安心して札幌に帰れます!」と嬉しそうでした。
~マツダ車なら誰でも参加できるエコランイベントも開催!~
MAZDAではロードスターによるワンメイクレースの他、誰でも参加できる燃費耐久イベントも開催しています。 それが、MAZDA FAN ENDURANCE(通称マツ耐)というエコノミーランです。 これまた全国各地の主要サーキットを転戦するシリーズでこの十勝は今年の第3戦になります。ここにも全国各地からの参加があり、今回はフルグリッドの36台か出走、ピットエリアは見慣れないナンバーの車両なのです。 このマツ耐というイベント、公認競技ではありませんからライセンスは不要で免許証さえあれば誰でも参加でき、MAZDAの車両ならば年式や車種、排気量は問わず、スタートから2時間半を満タンの燃料でどれだけ走り切れるかを競う走行会なのです。 JAF公認ではありませんから、一応耐火繊維のウエアを着ることが推奨されていますが、ヘルメットとグローブさえ着装すれば問題なしなのです。 とはいえ参加者はかなり真剣でほとんどのドライバーがしっかりとレーシングスーツを着用していました。 その理由は競技がスタートして理解できました。燃費走行会とはいえ、実際はそれなりにレースの要素を持っているのです。 燃費性能の良いMAZDA車ですから、満タンで2時間半、270キロ程度はよほどラフな運転をしない限り走り切れるのです。 そうなるとやはりスピードが重視され、一定のレーシングスピードで走らないと上位には入れないのです。 クルマ選びも重要で、多数参戦の現行型ND5は1500ccエンジンで130馬力程度でタンクは40リッター。クーペタイプのNDは2000ccで180馬力あって45リッターだし、一世代前のNC型も2000ccで170馬力あるわけで、タンク容量と馬力を考えないといけないわけです。 さらにそこに燃費に優れたファミリーカーであるデミオもからんでくるのですから、複雑な戦略が必要。 ですからこのイベント、単なるエコランではなく大きくレースの要素も持っているわけで、参加者が真剣になるのも当然なのです。 さらに今回は車種やチューニングレベルによってクラス区分が8クラスに分かれており、そこでの順位も考えなければなりません。 予選アタックですが、耐久エコランですからあまりグリッドは関係ないと思われがちですが、選手たちは真剣アタック。タイムは正規の公認レースであるパーティレース参加車両より13秒も速いのですからチューニングが許されている効果は大きいようです。 トップタイムをマークしたのはND5クーペを駆る#23灰LEGSPORTチーム。 2番手は前期型NC5を使う#30イエローWAKOSチーム。道内勢では#31マルテンサイトが3番手、#25&リーガルSTEPが7番手と上位を確保。 浅井康児&佐藤元春選手というスーパー耐久でもロードスターで活躍する#13恒志堂レーシングですが、予選中のピット作業違反ペナルティがあり5グリッド降格と不満の残る予選となったようでした。 そして決勝、トップ争いはほぼ予選グリッド通りに進み、トップは#30イエローWAKOS、続いて#22DXLDFRチームと地元の#31マルテンサイドがつけ、上位に進出してきたのはジムカーナ全日本チャンピオンだった田口玲選手もメンバーに加わった旭川の#17デライトチーム。 彼らは昨年の6クラス2位だったわけで、今年こそその雪辱を果たそうとクラス優勝を狙っての出場だったのです。 一時間を過ぎた頃から次々とピットインしてきます。ルールによって競技中に3回のピットストップが義務付けで、その都度1分間のエンジン停止が課せられるのです。燃料給油は禁止ですから、このピットインはドライバー交代くらいにしか使われず、ピットインンすればおよそ1周程度のハンデになりますから、どの時間でピットインするかも重要なのです。 競技も残り1時間となる頃、一台がコース脇にストップしてしまいフルコースイエローとなってセフティカー導入となります。これで上位の間隔は一気に縮まり、この間にピットイン義務を済ませてしまおうというチームが多く、ピットは大混乱となります。 このペースカーランは15分以上続き、残り45分を切った頃から再スタート、ここからは正念場となるのです。 トップは#30イエローWAKOSですが、最後のピットインしたところでエンジンがかからないトラブル発生。
これでおおきくロスタイムしてしまいトップを#22DXLDFRに明け渡してしまうのですが、そこからすさまじい勢いでの追い上げを開始します。 トップとの差は1分50秒以上あったのですが、なんとラップタイムが9秒も速いわけで、その差は徐々に縮めたのですが2位どまり。 「あのエンジンストップのトラブルが痛かったですね。あれさえなければ勝っていたはずで、悔しいです。これはまた来年チャレンジしろ!という事なんでしょうから、来年また出場します!」とコメントしてくれました。 残念だったのがクラス6での優勝と総合の表彰台が目前だった#17デライト。セフティカーラン明けで前走車を抜いてしまうミスからピットスルーペナルティを受けるのですが、同様にクラストップを争っていた#29イエローロケットも同じミスを犯しており、ラッキーにもトップを守ったのですが、終盤になってタイヤの消耗が激しくなってしまいタイムを上げられず、最終ラップで#29イエローロケットに逆転を許してしまったのでした。 名目上は燃費走行のエコノミーランという定義内の競技なのですが、レースの要素もたっぷりと盛り込んだ「マツ耐」、その面白さに魅了されたドライバーが全国に多数存在することの理由をしっかりと認識させられたのでした。
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もちろんMAZDAも26年前から「MAZDAファンフェスタ」を開催していますが、そのどのメーカーも残念なことに北海道では開催していなかったのです。
それがとうとうMAZDAが腰を上げてくれ、昨年ようやく「ファンフェスタ」を実現してくれました。北海道にも多数のMAZDAファンが存在するし、世界唯一のロータリーエンジンに愛着を持ち、いまだに乗り続けているユーザーも多いのです。
このイベント、そんなMAZDAファンへの最上のプレゼントとなったに違いないでしょう。
ただ昨年、大問題となったのはサーキット周辺道路の大渋滞でした。夏休みに入った週末、家族連れで出掛けようというファミリーも多かったようで、そこにマツダ系ディーラーから案内があったのがこの「「MAZDA ALL HOKKAIDO FAN FESTA」だったのですから、「よし、一度サーキットに行ってみよう。ルマン参戦マシンも見られるようだから、これは楽しみ!!」と思ったのでしょう。
なにしろ入場まで1時間以上も並ぶことになったのですから。そこで今年は一般入場者のために普段は使われないメインゲートをオープンしたのです。
この判断は的を得ていたようで、入場はスムーズで、出展者やディーラー関係者、運営スタッフの入場もまったく問題なかったのです。
パドックエリアも広く使え、多数の入場者の皆さんは普段は足を向けないサーキットと、MAZDAレーシングマシン、そして誰でも参加できるレースイベントを存分に楽しめたのです。
~MAZDA独自の車両制作テクノロジー!!~
これはあまり知られていないようですが、MAZDAの前身である東洋工業は広島のコルク製造業でした。
そう、あのビンの栓をするコルクです。先代の会社が経営不振となり広島の銀行が主導し、財界人が参画して1920年に生まれたのです。
しかし実質的な初代社長である松田重次郎は単なるコルク製造から脱却して機械製造業への進出を狙っていたのです。
それには広島という地域事情が幸いしました。広島は呉など帝国海軍の本拠地だったのです。
東洋工業はその軍からの兵器や機械の発注を受けることが出来たのです。松田重次郎はそれにより蓄えた技術を使い、1931年にオート三輪の製造に着手します。
それが大当たりしてオート三輪市場の25%を占めるほどになるのです。これが東洋工業が自動車産業に参入するきっかけとなったのでした。
戦後もオート三輪の大メーカーとなり、軽自動車にも参入します。マツダR360や軽自動車初の4気筒エンジンを搭載したキャロルなどが大ヒットするのです。
とはいえオート三輪と軽自動車が主力ですから決して経営基盤は盤石ではなく、次第に業績は悪化していったのです。
しかし東洋工業はそれを逆手に取ったのです。トヨタや日産、ホンダのような大メーカーではないからこそ小回りが効いたのです。
だからこそ世界初のロータリーエンジン市販車を発売したり、ロードスターのような小型スポーツカーで新たな市場を開拓したり、既存の技術をさらに磨き上げることでスカイアクティブ・テクノロジーを開発したりできたのでしょう。
特に東洋工業独自の技術として挙げなければならないのがロータリーエンジンでしょう。
ロータリーエンジンは1957年、西ドイツのNSUとヴァンケル社が開発したと言われていますが、それは理論上のことでほとんど商品性を持たない代物だったのです。
そのライセンスを取得して開発に乗り出したのが東洋工業(現在のMAZDA)でした。海のものとも山のもの分からないロータリーエンジン理論を悪戦苦闘の末、とうとう製品化に成功するわけで、東洋工業こそがロータリーエンジンの“生みの親”なのです。
そのロータリーエンジンの象徴的存在が昨年に続き今年も十勝に登場してくれたマツダ767Bでしょう。
あの世界最高の耐久レースであるルマン24時間に日本車初の優勝を果たした787の一世代前のマシン。
しかしなにしろ40年も前に制作されたマシンであり、走らせるのも一筋縄ではいきませんでした。
走り出したのですが、2周ほどでオイル漏れを起こしてストップ。午後からの走行では全開とはいかないまでも、メインストレートではレシプロなら12気筒エンジンのようなハイトーンのエキゾーストノートを聞かせてくれました。
この走行に立ち会えたギャラリー、その一瞬だけでも最高の目と耳の保養になったに違いありません。
~MAZDAは全国転戦のワンメイクレースも開催中!~
北海道マツダ 横井社長と半崎美子さんにプレゼンテーターをしていただきました。
このレース、全国転戦のNDシリーズと、純粋にレースを楽しみたいと単発出走のクラブマンと2クラスに分かれているのですが、その6台出走のクラブマンには道内勢が4台と多数参加、ウイナーには札幌の#274石坂俊介選手が輝きました。「自動車教習所のインストラクターをやっているんですが、3年前から出場し始めてなんとか今回は勝てました。これで安心して札幌に帰れます!」と嬉しそうでした。
~マツダ車なら誰でも参加できるエコランイベントも開催!~
MAZDAではロードスターによるワンメイクレースの他、誰でも参加できる燃費耐久イベントも開催しています。
それが、MAZDA FAN ENDURANCE(通称マツ耐)というエコノミーランです。
これまた全国各地の主要サーキットを転戦するシリーズでこの十勝は今年の第3戦になります。ここにも全国各地からの参加があり、今回はフルグリッドの36台か出走、ピットエリアは見慣れないナンバーの車両なのです。
このマツ耐というイベント、公認競技ではありませんからライセンスは不要で免許証さえあれば誰でも参加でき、MAZDAの車両ならば年式や車種、排気量は問わず、スタートから2時間半を満タンの燃料でどれだけ走り切れるかを競う走行会なのです。
JAF公認ではありませんから、一応耐火繊維のウエアを着ることが推奨されていますが、ヘルメットとグローブさえ着装すれば問題なしなのです。
とはいえ参加者はかなり真剣でほとんどのドライバーがしっかりとレーシングスーツを着用していました。
その理由は競技がスタートして理解できました。燃費走行会とはいえ、実際はそれなりにレースの要素を持っているのです。
燃費性能の良いMAZDA車ですから、満タンで2時間半、270キロ程度はよほどラフな運転をしない限り走り切れるのです。
そうなるとやはりスピードが重視され、一定のレーシングスピードで走らないと上位には入れないのです。
クルマ選びも重要で、多数参戦の現行型ND5は1500ccエンジンで130馬力程度でタンクは40リッター。クーペタイプのNDは2000ccで180馬力あって45リッターだし、一世代前のNC型も2000ccで170馬力あるわけで、タンク容量と馬力を考えないといけないわけです。
さらにそこに燃費に優れたファミリーカーであるデミオもからんでくるのですから、複雑な戦略が必要。
ですからこのイベント、単なるエコランではなく大きくレースの要素も持っているわけで、参加者が真剣になるのも当然なのです。
さらに今回は車種やチューニングレベルによってクラス区分が8クラスに分かれており、そこでの順位も考えなければなりません。
予選アタックですが、耐久エコランですからあまりグリッドは関係ないと思われがちですが、選手たちは真剣アタック。タイムは正規の公認レースであるパーティレース参加車両より13秒も速いのですからチューニングが許されている効果は大きいようです。
トップタイムをマークしたのはND5クーペを駆る#23灰LEGSPORTチーム。
2番手は前期型NC5を使う#30イエローWAKOSチーム。道内勢では#31マルテンサイトが3番手、#25&リーガルSTEPが7番手と上位を確保。
浅井康児&佐藤元春選手というスーパー耐久でもロードスターで活躍する#13恒志堂レーシングですが、予選中のピット作業違反ペナルティがあり5グリッド降格と不満の残る予選となったようでした。
そして決勝、トップ争いはほぼ予選グリッド通りに進み、トップは#30イエローWAKOS、続いて#22DXLDFRチームと地元の#31マルテンサイドがつけ、上位に進出してきたのはジムカーナ全日本チャンピオンだった田口玲選手もメンバーに加わった旭川の#17デライトチーム。
彼らは昨年の6クラス2位だったわけで、今年こそその雪辱を果たそうとクラス優勝を狙っての出場だったのです。
一時間を過ぎた頃から次々とピットインしてきます。ルールによって競技中に3回のピットストップが義務付けで、その都度1分間のエンジン停止が課せられるのです。燃料給油は禁止ですから、このピットインはドライバー交代くらいにしか使われず、ピットインンすればおよそ1周程度のハンデになりますから、どの時間でピットインするかも重要なのです。
競技も残り1時間となる頃、一台がコース脇にストップしてしまいフルコースイエローとなってセフティカー導入となります。これで上位の間隔は一気に縮まり、この間にピットイン義務を済ませてしまおうというチームが多く、ピットは大混乱となります。
このペースカーランは15分以上続き、残り45分を切った頃から再スタート、ここからは正念場となるのです。
トップは#30イエローWAKOSですが、最後のピットインしたところでエンジンがかからないトラブル発生。
